TaiwanTouring 2015年1月 その2。

TaiwanTouring 2015年1月その2です!

▼東京を出発してからのその1はこちら。
TaiwanTouring 2015年1月 その1。

永安漁港で採れたて新鮮の魚を頂き満腹。昨日からフルタイムで動いているので、お疲れ気味の私ではありますが、新竹に向けて距離を稼ぎます。新竹の市街地まで30kmくらいですが、道中彼の友達と合流しました。田舎国道をひたすら進むとたまに目にするフルーツ農園。この時期は苺が旬なのでそのような看板を良く目にします。せっかくだからと、一件の苺農園へ寄ることに。苺摘み体験か、パックで売っているものを買って食べるかと言うもので、あまり時間もとると後々響くようなので苺を1パック購入しその場で食べましたが、甘酸っぱい大粒の苺は大変美味しく、苺摘みといえば練乳をかけて食べると言うイメージもありますが、このみずみずしい苺には不要でした。気を利かせていただき、畑の方も見せていただき、そちらも多くの観光客が苺摘みを楽しまれていて、日本と変わらない風景でどこか落ち着きを感じました。


*カメラを向けるとポーズを取って貰ったお友達さん♪。

すっかりお任せでJIDI君に付いて行くだけとなってしまいました。先ほども書きましたが、疲れ気味だったので、早めに休憩したいな~と思っていたのですがなかなか目的地へ到着しません。向かう先を聞いていても地図で細かく確認をしていないので、どの方向へどのくらい向かうとかは、、、(笑。到着した先は内湾車站(Neiwan st)。台北市内から新竹に向けて西に進んでいたのですが、今いるところは新竹から南へ30km行ったところの山間。山間の川沿いに進んでいたので渓谷となっている場所。駅自体は1951年開業なので戦後。しかし、内湾線の終点であるココは観光でも栄えており、日本時代に作られた吊橋が残されておりました。私は、今回バイクでこの土地を訪れましたが、DRC1000と言う黄色い電車で新竹からこの終点までの列車移動もなかなか良さそうだと、他の方のホームページを見て感じました。電線を使い電気で走っていない気動車でもあるので、なかなか風情を感じることも出来るのではないかと思っています。

日も暮れたころようやく“鄧南光(デン・ナン・グアン)影像記念館”に到着です。本日の営業は終了し、静かに私たちを迎え入れてもらいました。荷物を置いて、いざ新竹市内へ!。と、まだまだ走るのです。私もまだ20代ですが、彼はもっと若いのでペースは若者だなと感じながら新竹市内へ(笑。そこでは、彼がいつもお世話になっているオートバイ屋さんの店主さんと合流し、またお友達とも合流し丸いテーブルで囲み夕飯。席があくまで待ちに待った今夜のメニューは“火鍋(ホウゴウ)”。台湾に行くと魯肉飯(ルーローファン)も好んで食べますが、火鍋も出てくるととても嬉しいです。何よりも、都市部にある綺麗なお店で食べるスタイルよりもこのように現地の方も普通に来て食べるようなお店、その雰囲気の中で食事が出来るのは来たかいがあります^^。

バイク屋の店主さんが、私に酒は飲めるのか?そうか、それじゃ飲もうか。と、注文をしようとしたところ、仲間の中に警察官もいたので、その方が真剣に止めていた姿は今でも印象的です。当たり前ではあるのですが、台湾でも飲酒運転はNGなのですが、~~~。なので、ココでは台湾でよく見るアップルソーダーを頂きました。

皆さんと食事を終えると、サインを頂いたり、記念写真を撮ったりし、記念館へ戻ります。ビールとおツマミを買い込み、おじさんと飲みます。イマイチ言葉の疎通は難しいのですが、自分の名前をそのまま台湾の言葉で読むとこうだとか、結婚は?なんて、まんま、飲んでいるおじさんとの会話でした(笑。

この日は夜更けまで、JIDI君とお話をしたり、彼のバイクのコレクション、家族の紹介、自分の飼っている秋田犬の紹介。本当に彼は熱心に色々なことを教えてくれました。私は一日を通して大変疲れてはいたのですが、彼の私に対する熱意と言うのは大変嬉しいものを感じました。この日は、彼の家族とも同じ部屋で寝て、朝を迎えます。ホテルとも一般家庭の家とも違う環境。記念館と住居が混合されている空間での寝起きはなんとも不思議でした。

朝、目が覚めて、適当に身支度を済ませます。この日は早くも帰国の日です。もともと3日間のスケジュールですが、その内容の濃さから1一週間は滞在している気分にさせてくれます。出発の時間まで記念館に展示されているバイクを明るいところで観察。また、JIDI君が記念館周辺の街並みを案内していただきました。昨夜暗いながら気になっていた周辺の様子。明るくなってあたりを見てみると、台北市内で見る景色とは明らかに違い、古い建物が多く残っていました。記念館は日本時代に病院として使われていたものがそのまま残っている施設です。周辺の建物も当時の面影を多く残しており、私は始めての土地で、日本時代を過ごしたことはありませんが、どこか懐かしい気持ちになってくるところでした。JIDI君も近所の方とも仲が良く、出会えば少し話をして、お店に入れば、コレお母さんに渡してね。なんていうシーンも見る事ができ、地域の輪と言うの見る事が出来ました。

昨夜JIDI君とともに私を案内していただいた方の、ガレージのある職場を案内していただきました。その方もベスパが好きで、特にスモールベスパを多く持っていました。コンテナを改装して出来たガレージには昨日日本から持ってきてプレゼントした“Stile tabloid Buono”と言う冊子が既に額の中に飾られており、なんだか、とても大事にしてもらえて嬉しい気持ちでした。

最後の流れは、JIDI君は台北市内へ戻り私が3日間に渡りお世話になったベスパを返しに行き、JIDI君のお友達に空港まで送っていただきました。皆さん、それぞれJIDI君のために色々動いていただいたことに大変感謝をしています。JIDI君も私のために、ここまでホストが出来るなんてすごいと感じました。また、私が出発前にJIDI君にお願いしていた、台湾のこと、台湾で流行っていること、とにかく台湾の様子、食べ物、少しでも多く吸収したいとリクエストをしていました。途中、言葉の問題でなかなかお互いに伝わりずらい事がありましたが、旅行から戻って思い返して気が付いたり、後のメッセージのやり取りでお互いにまとめることが出来たと思います。ハードスケジュールでありながらも、私の希望を多くかなえてくれたJIDI君には本当に感謝をしております。また、日本で遊びましょう。また、秋にも日本に是非来てください^^。