ロベルト・パトリグニの歩み – 2020年再びベスパで東京へ。

イタリア・ベスパクラブ・ピアチェンツァ(Vespa Club Piacenza)のメンバー、ファビオ(Fabio)さん、ヴァレーリオ(Valerio)さんがロベルト・パトリグニ(Roberto Patrignani)さんの足跡をたどるプロジェクトを2020年に向けて開始していることは先日もお伝えしました。

▼Tokyo2020に向けて。
http://j-sbr.com/2018/08/28/2018082801/


*ブルーの表紙が目を引くペーパーバック本です。

1964年のロベルトさんの足跡を知るうえでヒントとなるのが、2000年に発売された”IN VESPA DA MILANO A TOKYO ”ですが、今回ようやく入手することが出来ました。18年前に発売されたとのことでそんなに古いものと思っていませんでしたが、海外にある本は年数が経つと入手が難しくなるので、気になったら発売と同時に買うのがベストですね。この本もペーパーバックスタイルなので、古本ですとページ抜けや用紙の痛みも気になってきます。

ロベルトさんはイタリアでも著名なオートバイライダー 、 ジャーナリスト 、作家でした。
1964年、ロベルトさんはイタリア・ミラノを出発。オリンピックの開催地東京を目指し、
13000kmを85日間で走破。当時の東京オリンピック組織委員会、安川第五郎氏と握手している写真も残っています。


*当時はアジアを回って日本を訪れたのが覗える一コマ。


*ベスパクラブ・ミラノに見送られ出発する際の一コマ。


*当時ロベルトさんが使用したベスパ。出発するにあたり手を加えた個所、装備していたものが細かく記載されています。


*道中通過した国々で出会ったベスパ乗り、ベスパクラブメンバーとの一コマ。


*日本人なら直ぐに思い浮かぶ鎌倉での一コマ。


*現在の渋谷・NHKスタジオパーク付近で撮影された一コマと、当時の東京オリンピック組織委員会、安川第五郎氏との一コマ。

彼らは本国Piaggioからも協賛を受け、現在Primaveraまたは125Hybridの提供を約束されているそうです。しかし、発案者のファビオさんはロベルトさんが当時使用していたVespa150(1964年式 VBB2)を使用するとのこと。

ロベルトさんは2008年に亡くなられていますが、現在SNSメッセージを通じてこのプロジェクトに加わっている彼の息子さん(フランコさん)とも連絡を取っています。
メッセージの中には写真のやり取りもあり、当時ロベルトさんがイタリアと東京を往復したブルーのベスパは家族のもとに今も大事にされているのを見ることが出来ました。
彼らの熱意、当時東京で起きていたストーリーを2020年再び、ベスパを通じてイタリア・東京の二か国間を、東京オリンピックという大きなイベントに私たちも携われたらいいですね☆。