雑誌記事より”イタリアからベスパで来た男”。

ロベルト・パトリグニ(Roberto Patrignani)さんが1964年にイタリア、ミラノから東京をベスパで走った時のことは、イタリアでのモーターサイクルが好きな人であればご存知の話でもあります。パトグリニさん自身モーターサイクル誌の執筆に多く手掛けられていたり、ご本人自身が元GPライダーでもあったことが大きいでしょう。

1964年の東京オリンピックに合わせてミラノから東京まで走ってこられた際の様子は自身の本でも紹介しております。本の中には、メーカー(Piaggio)との旅の目的、イタリアと日本を結びつけるもの、それらがこの旅(プロモーション)のスタートに記されています。

▼ロベルト・パトリグニの歩み – 2020年再びベスパで東京へ。
http://j-sbr.com/2018/12/27/2018122601/

当時、日本ではオリンピックに合わせてイタリアから日本をベスパで訪れた時の様子はどのように伝えられていたか私は興味がありました。と言っても、この出来事を伝えている収集家も今の所見つかっていないため手探りでの状況。知り合いの方とSNSにて世間話をしていたところ、当時のモーターサイクル誌で見かけたことがあるとお聞きしました。その当時であれば、このような冒険物語は当時であればよく取り上げられていたそうです。

まずは、この当時読者の多かった雑誌をインターネットにて探すことに。1964年の東京オリンピックは10月10日~からなのでそれ以降の雑誌を見ていきます。見つけられた分の目次を見てみるとなんと”イタリアからベスパで来た男”というタイトルを発見しました。発売時期を考えてもこの記事の内容は”彼”の事だろうと早速入手しました。

当時の雑誌が手元に届き早速チェックしていきます。この時代のこのような類の本は他に何冊か持っていますが、慎重に扱わなければ痛みが進みそうな状態です。優しくページをめくっていくとありました。まさにこのページだと言わんばかりに思った以上に写真が多くびっくりしました。特にタイトルが記載されているカ所のラクダをバックに写るベスパの姿、話の締めくくりに鎌倉の大仏の前で撮影された写真は特に印象的でした。記事は見開き一ページ。東京オリンピックについてはあまり触れられておらず、イタリアから日本へ来たという事実を2ページで納めていました。

個人的には、もう少し掘り下げた内容を日本でも見つけられたらと思いましたが、当時日本でもきちんと取り上げられていたと思うと、今回のプロジェクトはより確かなものとして残ると感じました。

まだまだ、探していないところもあるので、日本での様子をもう少し探していきたいと思います。